下手な駆け引き 


 好きですの言葉と共に差し出される手紙を受け取り、お決まりの台詞で追い返す。今月でもう三人目だ。羨ましいとほざく輩に是非とも変わって欲しいと思うくらいにはこの生産性のない時間にうんざりしきっていた。
 おれに彼女がいるというのは周知の事実だと思う。登下校はいつも一緒であるし、クラスは別とはいえ昼休みは必ず一緒に過ごすと決め、実際に昼飯は食堂で食うという暗黙の了解が二人の中にある。そうなると嫌でもこの二人は付き合っていると周囲の人間にも分かるだろう。それなのに告白してくるのは何故なのか。単に気持ちを知ってほしいだけか、あわよくば振り向いて欲しいとでも思っているのか。馬鹿馬鹿しい。
 今更なまえ以外を好きになれやしないというのに。
 そう内心毒を吐きつつも告白の手紙を受け取るのには訳があった。無論最初から受け取っていたわけじゃない。手紙を受け取るのさえ煩わしく呼び出されても無視が常だったおれが最近は出向いてやっているのはひとえになまえのせいだ。
 なまえの、あまりに無関心な態度。一緒にいる時に女に声をかけられようが、女と二人でいるのを目撃しようが何処吹く風で、全く気にしていない態度。嫉妬という感情を持ち合わせているのか疑問が浮かぶ。
 その疑問はやがて疑惑へと変わっていった。
 もしかしたらなまえはそこまでおれのことを好いてはいないのではないか。一方が熱を入れすぎて片方が冷めてしまうカップルの例をたまに耳にする。
 その例に今おれ達はなろうとしているのではないか。思い返せばおれはなまえに甘すぎたのかもしれない。毎朝家まで迎えに行って、放課後も教室に迎えに行くのはいつもおれだ。昼休みに中々食堂に来ないなまえを迎えに行ったこともある。それに対し、なまえがおれの教室に来たことはただの一度だってない。同じ学年とはいえ理系と文系で別れているためかおれの教室は三階にあるがなまえの教室は二階にある。だからおれが迎えに行くのは当然だと思い込んでいた。
 だが一度疑問を持ってみればどうだ。一度も来たことがないというのはおかしいのではないか。たまには教室を覗いて「帰ろう」と声をかけてくれたってバチは当たらないだろう。
 そう思いたち、今日は放課後になっても教室から出ず、ひたすら待ってみることにした。委員会などで一緒に帰れない時は必ず連絡を入れるようにしているのだが今日はしていないので、おれが教室にいることは分かっているはずだ。それが分からないほど浅い付き合いではない。だが待てど暮らせど一向に来る気配がない。おれはなまえが一等大切であるし、誰よりも愛していると自信を持って言えるがなまえは違うのだろうか。告白した時の可愛らしいと思う破顔した表情が頭から離れない。普段のなまえも可愛いのに違いないのだが、どこか憂いを帯びている表情を見せる時があり、それが気がかりだった。また告白した時の驚愕の中におれへの想いが込められているあの顔が見たいとの思いは日に日に強さを増していった。もうあの顔を見れる日は来ないのだろうか。
 不安が渦巻いて何度かメッセージアプリを開いてみてもなんのリアクションも来ていないのが現状。なまえもまた、教室で待っているのだろうがいつも通り迎えに行ったんじゃ何も変わらない。おればかり迎えに行っていたのでは不平等だ。おればかりが焦がれているようで釈然としない。早く会いに来てくれないだろうかと待ちわびているのだからなまえはたった一階分の階段を登って来てくれたっていいだろう。
 そうこうしているうちにクラブが終わる合図のチャイムが鳴り、いい加減出なければと重い腰を上げる。
 とうとうなまえは来なかった。おれ達は本当に付き合っているのだろうか。果たしてなまえは好いていてくれているのだろうか。素直に嫉妬の念をぶつけてくれるのなら、おれだってこんな駆け引きをせずに真っ直ぐに会いに行って抱きしめられるのに、そうさせてくれないのはいつだってなまえの飄々とした態度が原因だ。自分ばかりが追いかけているように感じられる気持ちをなまえも味わえばいいのだと奥歯をぎり、と噛み締めた。どうせそんなこと出来やしないってのに、と自嘲の意味も込めて。





 今月で三人目。彼氏であるローくんが告白された人数だ。
 律儀にこんな子に告白されたと報告してくれるローくんに私はいつも通り笑顔で応えていた。別に私から報告してと頼んだわけじゃない。なら何故こんなに報告してくれるかと言えば単に私に嫉妬して欲しいからだと推測している。今日私の待つ教室に迎えに来るのが遅かったのも、多分同じ理由。たまには自分から来いと、暗にそう言っているのだろう。自分ばかり想っているようで焦っているのかも。というのは私の願望だけど。
 迎えに来てくれたローくんの不安げに揺れる瞳がいじらしくて、感じる愛おしさのままその腕に抱きついた。
 ローくんに対して申し訳ない気持ちはある。でも、こんなにモテる人が彼氏なんだもん。多少の駆け引きは必要だ。その結果離れられたんじゃ元も子もないけど今のところそんな気配はない。ローくんはもしかしたら自分ばっかり好きと思いこんでいるのかもしれないけれど、本当に入れ込んでるのは私の方だ。
 ローくんは高校入学当初、女の子と付き合っても長続きしないと有名だった。そんな彼に告白する勇気はなくて、運良く友達というポジションに収まれただけで良しとしようと決めていた。くだらない話をして、されて。ローくんの友達の輪に入れてもらえて夏休みには皆で遠出もした。他にローくんと同じような関係を築いている女の子はいなかったのも友達の関係を大切にしようと思うに至った要因だ。彼女と別れた、付き合ったの噂に一喜一憂しながらも友達としてのポジションがキープ出来れば満足だった。いつか彼女に、なんて望んでいなかった。ただ好きで、ローくんと言葉を交わすだけで世界一の幸せ者になれた。
 それなのにどういう訳かローくんから告白されて私が嬉しさと一緒にどれほどの決意をしたか、ローくんは知らないでしょう?
 男は追いかけられるより追いたい生き物なのだ、なんて俗説を真に受けているわけじゃない。でもドラマなんかに出てくる魅力的なヒロインはいつも誰かに追いかけられている。だから私も、なんて子供っぽいのかな。
 だとしても、どうしても離したくなくて、入学当初みたいにすぐ別れる彼女にはなりたくなくて、必死に追いかけられる女になった。ローくんに出会う前は興味もなかったのにメイクの勉強も頑張って、朝が苦手だったのに早起きして髪も丁寧にブローするようになった。
 ローくんは些細な変化も気づいて褒めてくれる。その度に愛されてると実感していても、時々不安になる。どうしようもなくモテる貴方が、いつかもっと完璧で美人で可愛らしい。そんな女性に惹かれしまうんじゃないかって。
 その不安をかき消すようにローくんへの駆け引きを続けている。ローくんに追いかけられていると実感する瞬間が私が彼女であると安心出来る唯一だ。会話だけで充足感を感じられた私はもういない。ローくんの一番でいたい。誰にもこのポジションは譲ってやらない。

「今日、ローくんの家に行きたい」
「それは構わねェが、どうした。珍しいな」
「お迎え遅かった分、一緒にいたいなって。あ、責めてるわけじゃないんだよ? ローくんだって用事あるだろうし、待つのは全然平気」
「……悪かった」
「いいよ、言ったでしょ? 責めてるわけじゃないの。ただちょっと…………寂しくて」

 掴んだままの腕に力を込める。一生このままいられればいいのに。この人の心が離れない保証があれば下手な駆け引きなんてせず、私もこの想いを殺さず全部伝えられるのに。
 掴んでいた手を外されて、ローくんの大きな掌に包まれた。指が絡まって肺の奥が苦しい。涙まで出そうだ。
 友達だった頃、ローくんはスキンシップは好まないと聞いていたのに。彼女であっても手さえ繋いでもらえないと嘆く女の子達をたくさん見てきた。そのローくんが今手を繋いでいてくれる。それが私にとって大きな糧。

「迎えが遅いと思ったら、おれの教室に来たって構わねェんだが」
「いいよ、邪魔したくないし。ほんとに気にしないで」

 ローくんが歯がゆそうに目を伏せた。その顔を見せてくれるうちはローくんの心は私のものだ。ずるい女でごめんね。

「好きなんだ」

 突然そう言うのは、私の心が離れていないか確かめるため?
 
「うん、私も……」
「私も、なんだ」
「好きだよ、ローくんのこと。大好き」

 ああ、そんなほっとした顔をしないで。益々気持ちが抑えられなくなる。愛しくて仕方がないの。ローくんと離れるなんて一生考えられないくらいに。こんな面倒な女に縛られてごめんね。でも、もう離せそうにないの。

「高校卒業してもずっと一緒にいようね」

 ローくんに聞こえないように小さく呟いた言葉は、どうか私だけの胸に。



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